コロナ騒動が落ち着いても、外食したくない理由

日常の出来事

特に思うのであるが、夜飯をひとりで外食するのは本当に嫌になったと思う。

一人で飯を食うにしても自宅であればテレビを見たり、YouTubeをみたりしながら

食べれるので、それなりに楽しいが、黙々と外食先で飯だけを食うことが苦痛に

感じるようになってきた。ちょっと前までは、あまり気にならなかったのであるが、

そういう生活を続けていると、外食を一人で食べるのが本当に嫌になってきた。

誰かと楽しく食べるのであれば、無論外食は楽しいが、それ自体が減っているから、

外食産業に閑古鳥が鳴いているのだと思う。

この流れが止まることはないだろう。

普通に考えると、席の間隔を広げるとなると、店舗は結果的に狭くなるわけで、

そこで今までと同じ家賃で経営できる店はほぼなくなるわけだ。

今までの料金であれば、店を出るしかないし、家賃を安くすると、大家の儲けは

減るわけである。この流れは、結果的に都市部の駅前の土地価格の下落を呼ぶはずである。

企業の在宅率も上がるわけで、そうなると、都心の一等地にオフィスを持つ理由もなくなるから、

ちょっと離れた場所の安い家賃の場所に多くの企業は引っ越すだろう。

(中長期的に)一方で離れた場所には物件そのものがないから、結果としては

やはり都心の地価の下落につながるわけである。

江戸時代から明治に移る時に、着物から洋服に変わっていったわけである。

それと同様な変化が今起きているのだと思う。

もしかしたら外食という文化そのものが廃れてしまうのかもしれない。

藤子不二雄の短編に、外食をいっさいしない世界が出てくる話がある。

理由は全然違っていて、食事を取るという行為を他人に公開することを恥だと思っている

世界の話なのである。結果的に、外食屋はいっさい存在しない世界なのである。

仮に、世の中から外食屋がすべて消滅したとしても、人間は生きていけるわけである。

はからずも、この数ヶ月で我々はそのことを知ったわけである。

街にはカラオケボックスのような個室が無数にあり、そこにテイクアウトの食材と

酒を買った人が集まって飯を食うなんてスタイルが普通になるかもしれない。

それはそれで悪くないかもしれない。

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