相手もいないのに結婚をしたいと思うのはいけないことなのか?

楽しく生きるコツ

全然問題ないと思う。相手なんて誰でもいいのだ。ただし、自分が幸福になれるのであれば。

自分が幸福になるというのに、条件はないのだ。自分が幸福だと思い続けることができれば

いいからだ。フェイスバリューで理想と思える相手と結婚すると、その瞬間は

幸福かもしれないが、すぐにボロがでる。

長渕剛が、アイドル歌手の石野真子と結婚したいと夢を持ち、実現させて結婚し

すぐに離婚したのは有名な話だ。

「こういう相手と結婚すれば幸福になれる」というのは幻想であり、現実ではない。

ゆえに結果として幸福になれるかどうかが重要なのである。

では、どういう時に幸福になれるのだろうか?

とても優しくて、お金を持っていて、自分に好意を持ってくれている相手がいるとする。

周りの人も、「素敵な人ね」「理想的ね」とかいってくれるとする。

でもなんか自分がしっくりこないことってあると思う。

天皇陛下と結婚した時の雅子さんって、そんな感じだったと思う。

では、今、雅子さんは理想的な状況にいるだろうか?

そんなに悪くはないかもしれないが、彼女がものすごい幸福だとは私には思えない。

少なくとも、紀子さまのほうが幸福なように見える。

なんか自分でしっくり感じないことってあると思う。それに従うかどうかで人生は決まるのだ。

私の経験でいえば、なんかしっくりいかなかったことが、後で好転した経験は皆無である。

どんどん悪くなっていくものである。

逆に、多くの人から反対されても、自分で納得してやったことに後悔をしたことなど

あろうわけがない。

それをやめることもあるが、自分の意思なので、何の問題もないわけである。

むしろ、すっきりするものである。

結婚をしたいと思い、あれこれと悩み、理想の相手を探すわけである。

何回かトライをして数回目くらいに、「この程度でいいかな」と思い

結婚し、それで後悔する人って、まあいないわけである。

だんだんと現実的になってくるものだ。

結婚した経験のある人は全員知っているが、結婚前に悩んでいた問題と、

結婚後に悩む問題は、たいてい大きく乖離しているものである。

相手の旦那に、三高を求めていたけど、やっぱり性格の良さが一番大事だと

思う人は多いわけである。

結婚は野球の試合のようなものだ。

どんな相手と野球をやっても、試合が成立できるレベルなら、それなりに楽しいものである。

下手なら下手なりに、うまいならうまいなりに、成立するものである。

ただし、相手がルールも知らないし、覚えようともしないのであれば難しいわけである。

その程度のものだと思う。

自分自身が絶対に受けいれることができないレベルでなければ何とかなるものである。

そこが難しいのであるが・・・・

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