本当に涼しくなった。すべて、コロナのおかげである。

事件の深読み

6月26日というのは、過去10年くらいでいえば、真夏である。うだるような暑さのなか、エアコンをつけまくり、フーフーいっていたものである。2020年。エアコンを作動させたのは、1度だけである、たまたま暑い日が1日だけあって、その日1回だけエアコンをつけたのを覚えている。これほど、東京が涼しくなったのは何年ぶりだろうか?東京というか、地球全体が涼しくなっているわけである。理由は明白だ。コロナである。工場が止まり、自動車の行き来が減り、結果的に温暖化が止まったのだ。こんなに簡単に、温暖化は止まるのである。そう、単に経済活動を縮小すればいいだけの話なのだ。温暖化は、人間のダイエットに似ている。やせようとして、走ったり、ジムに通ったり、様々なことをするが、結局一番やせるのは、飯をくわないことである。エコだなんだといって、ハイブリッドカーに乗ったりなんかするよりも、経済活動そのものを減らすほうが的面に効果がでるわけである。無論、コロナによる経済自粛と現在の日本の涼しい状況の因果関係が100%であるかどうかは、必ずしも正しいとは限らないかもしれない。でも、体感としては間違いないと思う。これが本来の地球の状況なのだろう。コロナ問題が起きて、様々なことが変わったわけである。実は、いい側面もたくさんあるのだ。在宅勤務が進むなんてのは、その筆頭だろう。見えない力が、我々に様々なことを教えてくれているのである。コロナ問題をよくないことととらえるか、いいことととらえるかは、単なる解釈である。人生は、解釈によって、最高にも最悪にもなるのだ。戦後の焼け野原の状況を見て、松下幸之助は「すべての日本人の家庭に、冷蔵庫とテレビと洗濯機を普及させたい」と思ったそうである。当時は誰もが夢と思ったことが、けっこう簡単に実現できたわけである。焼け野原がなければ、彼はそう思わなかったはずである。危機は、チャンスに満ち溢れているのだ。チャンスがないと、発展はない。発展するためには、危機が必要なのである。なんか、小学生のころの日本の夏を思い出す。(1970年代)当時、エアコンなんてなかったが、けっこうなんとかなったものである。真夏でも朝晩はひんやりしていたような気がする。あのころのような状況に戻るのは、悪くないと思う。

タイトルとURLをコピーしました