人生は素晴らしい。生きるということに価値がある。

日常の出来事

世の中にはたくさんの人がいる。すべての人に共通していることは、地球有史以来続いている命だということである。平安時代も、古代時代も、カンブリア時代も、すべて経験した生物が生きながらえて今日まで続いているわけである。そう考えると、すべての生物は勝者であることがわかる。すごい存在なのだ。ただ漫然と生き続けるなんてことはできないのだ。そう思っていたら、とっくに絶滅しているわけだ。何億年もの競争に勝ち続けた生き物が我々なのである。そう考えると、生きるということの価値はとても大きいものだと思うわけである。悩みのない人間はいない。悩みがないということで悩んでいる人もいるかもしれないが、それも立派な悩みである。悩みながら行動していくことで、新しい何かが生まれてくるのだ。生き続けるということは、それだけで十分な価値があると思う。どうせ生きるのであれば、楽しく生きたほうがいいと思う。楽しいとは何か?自分の好きな人と、好きなことを、いっしょにやることだと思う。時にはその自分の好きな人が、自分自身だけでもいいと思う。仕事で人間関係に疲れて、ひとりでゲームをやっている時に、けっこうな幸福を感じるのは私だけだろうか。世の中には悪い人もいるが、いい人も同じくらいいるものである。もし、目の前にいる人が悪人ばかりなら、新しい人を探しにいくべきである。必ずどこかにいるはずで、ちょっとがんばれば簡単に見つかるものである。今もっているものにこだわると、うまくいかなくなる。捨てる勇気は、とても重要なことである。捨てない限り、新しいものが入ってくることはないのだ。捨てることにより、そこにスペースができて、自然に新しいものが入ってくるのである。幸福を手に入れたら、それを維持しようと思わないことである。もっともっとすごい幸福を手に入れようと思うことが正しいと思う。1億円手にいれて、さらに1億円稼ぎたいと思うことは、必ずしも正しいとは思わない。それによって本当に幸福になるかが重要なのだ。もしかしたら、金を稼ぐことではなく、金を使うことのほうが幸福になれるのだとすれば、むしろ使うべきである。大切なのは、幸福とは何なのかという問いをし続けて、行動し続けることだと思う。そのためにお金は重要であるが、お金は手段である。目的ではないのだ。目的は幸福になることである。そのためにお金が必要なのだ。焼け野原になった時、まわりにいる仲間と、「よし、明日からいっしょにがんばろうな」といえるような状況であれば、かなり幸福だと思う。そういう仲間を探し、いっしょに何かをやっている状態が、幸福なのであると私は感じるのだ。お金があってもなくても、幸福であることに違いはないのだ。特に、これだけすばらしい国である今の時代の日本に生まれた幸運ははかりしれないのだ。文句をいうのは簡単であるが、北朝鮮と比べてみよう。我々がどれだけ幸福なのか、こんな素敵な状況で生きているのだ。生きることに十二分の価値があると思う。生まれ変わりというものが存在するなら、日本にいるすべてのひとは相当幸福な人生を歩んできてのだと思う。そのご褒美として日本に生まれたのである。そう考えると、人生はバラ色なのである。

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