花を生けるという行為について

日常の出来事

生花は高尚な趣味であると思う。考えてみれば、私の母は、小原流の師範だったくらいで、いつも自宅で生花をやっていた。部屋に綺麗な花があるということは、とても気持ちのいいものである。そうはいいながら、生花にはいくつかの根源的な疑問があるのだ。花の命は短いわけで、特に切り取った花はすぐに枯れてしまうわけである。水をまめに代えたり、薬をいれたりすれば多少は長持ちをするかもしれないが、いずれ枯れてしまうわけである。枯れてしまえば、惜しげもなく、捨ててしまうわけで、なんかかわいそうというか、もったいない気持ちになるわけである。その短い期間だけを、楽しむという趣味というように割り切ればそれでいいのだろうか、なんか腑に落ちないのである。かといって、生花ではなく鉢植えの花を飾ったりすれば、生花よりは長持ちするが、1年のうち12ヶ月くらいは花がついていないわけで、その間は単なる草である。それはそれで、あまりよろしくないわけである。生花は、一瞬の美しさを味わう趣味なのである。これがドライフラワーのような長期間楽しむというのもあるのかもしれないが、それはそれで邪道なのだろう。その一瞬が、2日なのか、3日なのか、一週間なのか、1ヶ月継続することはないわけである。なんか儚く感じてしまう。特に私は、枯れて来たときに、捨てるときに、ちょっと複雑な気持ちになってしまうのだ。「あと2〜3日くらいはなんとか楽しめるくらいかもしれないけど、完璧ではないから捨ててしまったほうがいいのだろうか」なんて悩んでしまうのである。なんとなく思うのは、食用の野菜と同じようなものなのではないかということである。野菜は食べて楽しむものである。生花は野菜と同じなのであるが、見て楽しむものなのである。そこが割り切れれば、問題ないのだと思うが、私はなんかしっくりこないのだ。花の立場からすれば、多くの人間が花を好きになってくれれば、結果的に自分たちの子孫が繁栄するから喜ばしいことなのかもしれない。「そんなきにするなよ。返ってこまっちゃうよ」といわれそうである。まあ、たまには花を飾るのはいいと思う。

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