近所の飲食店がどんどん潰れていく

日常の出来事

世田谷区の下高井戸界隈に住んでいるのであるが、近所の飲食店がどんどんと

潰れていく。比較的、最近できた店が潰れていくケースのほうが多いと感じる。

まあ、仕方ないだろう。本当に外食に行く人が減っているのだから、

多少の助成金をもらったところで、焼け石に水なわけである。

早めに畳めば、それだけ傷も少ないという判断なのである。

資本主義社会にいるのだから、必然的に起こりうる出来事なのだ。

むしろ、市場原理が健全に機能している証拠でもあるのだ。

これだけ突然に社会変革が起きることは、そうはない。

電気が通って、それまで主流だったランプやロウソクから移行する時は

けっこう緩やかだったはずである。

着物から洋服に変わる時もそうである。

でも、突然変わってしまうこともあるのだ。

それが今回のコロナ騒動なのである。

環境が突然変わった時に、どう対応するかで全てが決まるのだ。

店をたたむという決断をした人は、変化した人なのである。

それをかわいそうと思うのは、お門違いなのだ。

彼らはきちんと対応できた人なので、変化に対応できた優秀な人なのである。

強い個体や、優秀な個体が、生き残るのではなく、変化に対応できた個体が

生き残るというのは、進化論のダーウィンの言葉である。

変化を受け入れることができない人は、とても多い。

今のままでいたいと思うのは、本能のひとつである。

見えない力は、変化できない個体を排除し、変化に対応できる個体だけを残そうとするのだ。

変化するチャンスをもらえた人は、むしろラッキーなのだ。

成長できるチャンスをもらえたのだから。

そう思うか、どうかは問題ではない。

変化したか、しなかったかのほうが重要なのである。

喜んでやろうが、いやいややろうが、変化するのであれば問題はない。

変化しないことが問題なのである。

閉鎖しなくてもいいのに閉鎖してしまうのは問題なのか?

それでもいいのだ。

変化すること自体が重要なのだと思う。

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