石原プロが解散した理由

事件の深読み

石原プロには、創業者の石原裕次郎に関するJASRACなどの利権があり、

経営自体が赤字になった時に、それらの利益を食いつぶすのが嫌だったからである。

渡哲也などのタレントも、すでにタレントとしての価値は薄れており、

たいした利益をあげれるわけでもないのだ。それに、今回のコロナ騒動が

加わり、完全な赤字経営になったわけである。

石原裕次郎の奥さんは、夫の稼いだ遺産を食いつぶすのが嫌だったので、

解散したのである。合理的な判断である。

「自分が死んだらすぐに事務所を閉めろ」という遺言を守ったというが、

それは全然違うだろう。遺言を守らなかったので、数十年もその後存続した

わけである。

それはどうでもいい問題だ。

裕次郎は、奥さんのことを考えて、自分の利権を奥さんだけに相続させて、

悠々自適に過ごしてほしいという願いだったのである。

奥さんの幸せを願ってのことなので、奥さんが幸福であれば、なんでも

いいのである。

細かい話でいえば、事務所の家賃でさえ、現在は重荷になっているはずだ。

仕事もなく、経費だけがかかるので、清算したわけである。

当然の選択である。

石原裕次郎といわれても、もう知っている人のほうが少ない時代なのだ。

かといって、当時と何もかわらないタレントでは、やっていけるはずもない。

会社という組織は、合理的に判断すればよいだけである。

存続したほうが有利なら、存続すべきであるし、そうではないないなら畳むべきである。

経済的な合理性だけで判断するためにできた制度なのである。

存続する価値のない組織が存続するほうが、社会的損失が大きいのだ。

それが資本主義社会システムなのである。

消えるべき組織が消えないと、新しい何かが生まれないのである。

ビートたけしはそのあたりを本能的に理解していたので、

オフィス北野を去ったのであろう。

懸命な判断である。

人間はノスタルジーから、古いものを残そうとするが、残すべき古いものなど

実は何もないのだ。

古くて現在も残っているものは、すべて進化し続けているものなのである。

側だけ昔のままで、中身は全く違うものなのである。

虎屋のようかんなどは、その典型だ。

側も中身も同じものは、消えゆくより道はないのである。

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