秀吉の朝鮮出兵は無謀だったのか?

事件の深読み

豊臣秀吉が朝鮮に出兵したことは、第二次世界大戦で日本が米国に戦争を

しかけたのと同様に無謀だったという人が多い。

日本が米国に戦争をしかけたのは、無謀だと思うが、当時の常識で

考えれば、秀吉の朝鮮出兵はむしろ普通の戦略であるといえるわけである。

朝鮮出兵の目的は中国を征服することである。

その入り口である、朝鮮の段階で失敗してしまったのである。

結果をみればそうであるが、当時の常識として、その数百年前に

モンゴルという小国が中国を支配して、しかも世界最大の帝国をつくっていたという

事実があるわけである。

モンゴルと日本を比べれば、国力でいえば断然日本のほうが大きいわけであり、

しかも世界征服ではなく、中国と朝鮮の二カ国支配であれば、

むしろ現実的な話と考えても、不思議ではないのである。

もちろん、そんな簡単な話ではないが、可能性としては十分にあった話である。

当時は軍事国家であり、国内に多数の兵隊が存在したわけである。

日本国内を制圧してしまったら、その兵隊はお払い箱であり、

「それでは今日から農民に戻ってください」といわれても、

「はい、そうします」なんていう人がいるわけはないのだ。

日本国内に戦う相手がいなくなれば、外国に侵攻していくのは当時の常識である。

アレキサンダー、ジンギスカン、ナポレオン・・・・皆、同じことをしているわけである。

常識に従えば、日本の近隣外国である朝鮮から中国を狙うのは、普通の戦略である。

令和ではないのだ。数百年前の話である。

現実的には、その後、日本は日清戦争で中国に勝利して、朝鮮も支配下にいれているのだから、

実力的に考えてみると、無謀でもなんでもないのである。

時代が変わると、常識も変わるのである。

それを現代の価値観に当てはめて考えると、大きな間違いになるのだ。

たった二十年前までは、学校先生も家庭でも暴力は普通だった。

程度問題はあったが、張り手でひっぱたくのは普通のことだった。

今では犯罪である。

秀吉の朝鮮出兵は冷静に考えれば、基本計画がなっていなかったのである。

きちんと準備をして臨めば、成功していた可能性は高かったと思う。

この計画自体は信長が考えていたものであり、それを引き継いだ秀吉は、

あまりよくわかっていなかったのだと思う。

軍師としての器の違いだと思う。

日本国内のちょこまかした人間関係は得意だったかもしれないが、

海外を通じての、権謀術数には長けていなかったのだと思う。

別の視点からいえば、もし本能寺の変で信長が死んでいなければ、

朝鮮出兵はかなりうまくいっていたと思う。

信長であれば、宣教師軍団とつるんで、オランダやスペインなどを巻き込んで

権謀術数のかぎりをつくしていたと感じる。

歴史に、もし・・・はないが、もし、信長が生きていれば、

中国は日本の属国になっていたような気がする。

その時、どうやって中国を支配するかというグランドビジョンを信長は持っていた

と感じるのである。

彼が、当時、長男に家督を譲っていたのは、信長自身は、日本と中国を統合した

国の上に立つつもりでいたのだからだと思う。

よく、信長と、秀吉と、家康を比較する人がいるが、これは全く意味がないと思う。

信長だけが、別格なのだ。

あとの2人は、信長の考えを模倣しているだけである。

いうなれば、本田技研創業者の本田宗一郎と、二代目、三代目社長の比較のような

ものなのだ。

信長が、70歳まで生きていれば、世界史は大きく変わっていたと私は思うのである。

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