虐待して子供を殺す親、親を殺す子供について

世の中には痛ましい事件は数多く起きる。

虐待して子供を殺してしまったり、子供が親を殺してしまったりもする。

様々な事件が起きるわけである。

多くの人は、「自分には関係ない」と思っているかもしれないが、

いつなんどき自分の身の回りに同様の事件が起きてもおかしくないのである。

自分では対処できない問題というのは、かならず発生するのだ。

すべての人は、何か自分で解決できない問題を持っているのだ。

自分で解決できない問題は、自分以外の専門家に任せることによって、

最善の方策をとれる場合が多い。

わかりやすいのは、脳腫瘍である。これは脳外科以外では対処できないから、

脳外科に通院しないかぎり、治ることはないのだ。

脳外科がない過去の時代であれば、まじないやら、いけにえやら、

様々なことをやって、「きかなかった」といって多くの人は死んでいったのである。

子供への虐待も同じなのである。

どうやっても、虐待してしまう親はいるのだ。

そういう人の解決方法は、子供を施設にいれるなど、自分から遠ざけることである。

自分のそばにおいておかなければいけないという呪縛のため、結果的に、

子供を殺してしまったり、悲劇は起きるのである。

一見すると、施設にいれることはかわいそうなことのようにみえる。

たしかに理想的な状況ではないだろう。

でも、虐待されて殺されるより、はるかにマシである。

理想的な状況でないなら、殺してしまったほうがいいなんて考え方は、よろしくないのだ。

この世の中で解決できない問題というのは実に少ない。

もちろん不治の病などは存在するが、ごく少数である。

子供への虐待問題などは、解決方法はいくらでもあるのである。

専門家に出会う道筋は平坦ではない。

なぜなら、専門家の数は極端に少ないし、報酬が少ないので、なかなかなり手

がいないからだ。

報酬が高い人は、たいてい、インチキである。

金が儲かるから人をだましてやっているのである。

1週間くらい探して見つからないくらいで諦めてはいけない。

必ず、解決方法を持っている人にいきあたるものである。

少なくとも、自分よりは有能な人にであったと思ったら、その人にお願いするべきである。

さらにもっとよさそうな人や組織が見つかれば、またそっちに移ればいいのだ。

調べてみると、多くの問題は、世界中の誰かが解決方法をもっているものである。

日本だけにいるとはかぎらない。

探し方がわからないなら、探し方を教えてもらえる人を探すのだ。

それさえもできないというのなら、諦めたほうがいい。

それは無理である。

今よりもよくなろうと思い、そして、行動することだけが解決方法なのだ。

考えているだけは解決はしない。

間違っているか、正しいかは、行動しないとわからないのだ。

行動して間違っていることに気づいたら、改めればいいだけだ。

それをどこまで続けることができるかだけの問題なのである。

この世で起きた問題は、この世で解決できるようにできているのだ。

例えば、ALSという病気になり、目以外のすべての器官が麻痺して動かなくなったとする。

そして合併症で失明したとする。

自分の意思を他人に伝える手段がいっさい無くなったとすれば、

それは生きる地獄かもしれない。

そのような時に、自殺を考えるのはむしろ普通のことだと思う。

でも、自殺さえ自分の力でできないのである。

そうでないなら、悩む必要はないのである。

淡々と、多く存在する解決方法を模索すればよいだけの話である。

子供への虐待問題などありふれた問題である。

多くの人がやっているのだ。

解決方法も数多くある。

たいしたはなしではない。

ただし、自分自身では解決はできないのである。

きちんと他者に依存できさえすれば、なんとかなるのである。

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