ネガティブなことばかりをいう友人の話

日常の出来事

厳密にはもう彼は友人ではない。

もう付き合っていないからだ。

彼はネガティブなことばかりをいう。

そして絶対に自分を変えようとはしない。

自分を変えようとする振りをするのはうまいが、絶対に変えようとはしない。

ずっと前から、「機会があれば会社をやめる」といっているが、

絶対にやめることはない。

なにかヘマをしてクビになった時に、「自分から会社をやめることにしました」

というのだろうと思う。

クビにならない限りやめないだろう。

彼を会って話をすると、しばらくこっちも落ち込んでしまうのだ。

彼から発せられるネガティブオーラに侵されてしまうのである。

それに気づいた時に、私は彼と付き合うのをやめた。

彼は言い訳をいわせれば、天下一品である。

いかに自分ができないのかを説明するときの彼は誰よりも優秀にプレゼンをする。

「なるほど、たしかにあなたはダメですね」と納得してしまうのだ。

ある意味すごい才能である。その能力の1/10でも使って前向きに仕事をすれば、

部長くらいには余裕でなれるくらいの能力があるのだ。

でも彼は、その能力を、前向きなことに使用することはしないのだ。

絶対にしないのだ。

それが彼の生き方なのである。

彼はそんなに特殊ではない。会社員の中には、彼のような人種がとてもたくさん

存在している。

会社という組織にへばりついていることが最善だと思っている人種である。

彼らは被害者である。

日本の教育がそうなっているからだ。

日本政府が望んでいる人材なのである。

受験競争に勝利し、それなりに暗記が得意で、上司の言いなりになることが

すべてだと思っている人間である。

日本国がある程度経済的に発展するためには、彼らのような人材が必要だったわけであり、

高度経済成長を支えてきたことも事実である。

でも、現代のように高度に社会が発展してくると弊害のほうが大きくなるのだ。

急に、「それではだめだよ」といわれても、困ってしまうわけである。

だって、いままではそれでいいといわれてきたのだから。

考えてみるとわかるが、1945年までは、天皇陛下は神様だったのだ。

「天皇陛下万歳」といって多くの特攻隊が米軍に突っ込んで死んでいき、

それが正しい生き方だといわれてきたわけである。

1945年に、突然、「天皇は人間でした。神ではありません。」といわれて、

仕組みが変更されたわけである。

あの時は、けっこうわかりやすかったが、最近の社会的価値観の変更は、

なんとなく曖昧である。

30年くらい前までは、学校の教師も、父親も、子供に暴力を振るっても

問題はなかったが、現在では犯罪になってしまった。

なんかそういう風に変更されたのである。

ネガティブなことばかりいう友人も、30年前であれば普通である。

問題にすらならなかったわけである。

でも、今ではちょっと変わったやつになりつつある。

彼が悪いのではない。

そうしてしまった社会のほうが問題があるのだ。

でも、社会は責任をとってはくれない。

戦争が終わった直後に、「米兵に殺されるなら自殺したほうがマシだ」といって

多くの日本人が自殺をしたわけである。

そこで死んでしまった人は、はっきりいって無駄死にである。

誰も責任をとってはくれないのだ。

自分で守るしかないのだ。

自分で気づくしかないのだ。

彼は自分で気づけないから、これからもうまくいかないだろう。

彼を救うことはできない。

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