全ての物事には法則がある

腹が減ると飯を食いたくなるとか、怪我をすると、その箇所が痛くなり、動けなくなるとか、当たり前の法則がある。人間に限らず全ての生物に共通する法則があり、それに従わないと物事はうまくいかないようになっているのだ。人間関係もまったく同じである。「なんかしっくりこないなあ」と思う相手であれば、その人間とはうまくいかない理由があるからである。せっかく本能が教えてくれているのに、それに逆らって、「でもあの人と付き合うと、必ずメリットがあると思う」などの余分な知識などによって、物事は確実によろしくない方向にいくようにできているのだ。異性を見て胸がときめくことがある。相手のルックスだけでなく、しぐさだったり、声だったり、匂いだったりする場合もある。それは本能が教えてくれているわけである。背の高い人間が、同じように背の高い人間と交配すると、とんでもなく背の高い人間が生まれてしまう可能性があるわけで、それはむしろ生きていくのに不利になる場合のほうが多いはずである。背の高い男性が小柄な女性とくっついたりするのは、そういうバランスをとりたいと思う人間の本能なのかもしれない。中国出身の元NBA選手であるヤオミンの父親は2m10cmで、母親は190cmだという。そして本人は229cmであるわけであるが、これは自然な恋愛というよりも何らかの意図があったと考えるほうが自然である。おそらく本能に近い行動ではないと思う。背が高い同士が惹かれ合うということもあるかもしれないが、それはそれでその人なりの本能なのだと思う。いずれにしても、本能に従うということが大事なのである。親から「相手の見た目があんまり好きでなくても、お金持ちなら結婚したほうがいいわよ」なんてアドバイスをもらって結婚して、うまくいく例はほぼ存在しないといってもいいだろう。逆に、周りの人すべてが反対しても、本能的に好きな相手を選んだ方がはるかにうまくいく可能性が高いわけである。考えてみるとわかるが、人間も、猿も、猫も犬も、同じ動物であり、肉体的基本構造は全く同じなわけである。肝臓も心臓もあるわけで、人間の方が脳が少し進化しているだけである。他の動物は、本能的に気に入った相手とだけ交配しているわけである。人間は偉そうなことをいっているが、基本的に同じ動物なのである。理性だとか、社会規範だとか、いっているのは社会をコントロールするためにそのほうが都合がいいからであって、本能に逆らったことをしている場合のほうが多いのである。実際にやってみるとわかるのであるが、本能的に行動すると、決して変な行動はとらなくなるものである。無論、個人差はあるわけであるが、本能で動くと、自分の生命活動をいかに快適に維持しようかという視点のみで行動するので、変なことはできなくなるものである。他人を傷つけたりすることを本能的にする人がいるかもしれないが、それはかなり異常な個体であるわけである。人間は本能的に他人と協力して社会を発展させてきたわけである。それは歴史を見れば明白である。人間は本能にしたがって生きている時、ワクワクするものである。ワクワクしている時は、本能が起動している時なのである。逆に「なんかいやだなあ」と思う時は、「それはやっちゃダメだよ」と本能が教えてくれている時なのである。やりたくない仕事をやらされたり、好きでもない相手と付き合うように強制された時に、そういう本能が発動され、危険信号が送られるのである。人類はそれをわかっているから、わざとそういう人間の本能を機能しないような仕組みをつくったりするわけである。軍隊などはその典型である。何があっても上官の命令には絶対的に服従し、目の前に子供がいて「殺せ」と命令されたら、即座に殺すような兵士を訓練によってつくりあげたわけである。人間の本能的には絶対にできないことなのである。米国の軍人の死亡者の中で最も多いのが自殺なのは、当然のことなのだ。なぜなら、本能に逆らったことをしているからである。赤ちゃんをみると「かわいい」と思ったり、困っている人がいたら、「助けてあげたい」と思うのは、本能である。そう思わないとすれば、それは本能が歪んでいるからと考えるほうが自然なのだと思う。地球が誕生して以来、全ての物事はある法則に沿って動いているわけである。その法則によって、恐竜が絶滅したり、人間が栄えたりしているわけである。500年前と、現代でその法則が変化している可能性は低いわけである。今も昔も同じ法則ですべての物事は動いているのである。楽しいことはどんどん増えていき、そうでないものはどんどん減っているわけである。かつてヨーロッパや日本でも盛んに行われていた拷問などは、どんどん減っているわけである。これも法則なのである。やさしくされた人間はやさしくなり、いじめられた人間がいじめをしてしまうのも法則である。自分の心の中から沸き上がる感性にしたがって生きるということが、結果的にこの世の中の法則なのだと思う。恐竜が滅亡したのは、その法則に従わなかったからではなく、したがったからこそ滅亡したのである。それだけは誰にもコントロールできないものであり、逆らったところで、多少時間を伸ばすくらいの効果しかないのである。本能にしたがって生きる鮭は、命がけで産卵をして、そのあとすぐに死んでいくのだ。おそらくは、ものすごい満足感を持って死んでいくのだと思う。単に延命だけを考える人がいるとすれば、それは本能的なものではないのだ。

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