昔の名ボクサー、「風来ゆうと」の話

スポーツ

風来ゆうと、かざきゆうとと読む。本当は、風来遊人、でリングネームを申請したのであるが、「相応しくない」という理由で却下され、遊人がゆうとにされてしまったのだ。風来坊遊び人というと意味なのである。そんなにふざけている名前だとは思わないのであるが、風来ゆうとは、そういう経緯で誕生したのである。戦績だけみると、8勝8負、2引き分け、最高位日本フライ級1位で、タイトルは無縁なのであるが、記憶に残る名ボクサーなのである。デビュー7戦目で、世界チャンピオンになる前の協栄トーレスに挑み、KOで敗れてしまったのであるが、これで負け癖がついてしまい、いい試合をするのであるが、そのまま消えてしまったボクサーなのだ。もし、この協栄トーレスの試合に勝つか、もしくはこの試合を回避して、無難な相手と戦い実績をつくり続けたら、世界チャンピオンになっていた可能性も高かったと思う。すべての戦略が裏目に出てしまったような不運の塊のような選手なのだ。当時でいえば、具志堅用高の所属していた協栄ジムがボクシング協会の頂点に君臨して、このジムに所属していれば、多少実力がなくても、マッチングなどの妙義で、かなり上に上がることができたわけである。具志堅さんの「毒入りオレンジ事件」は有名であるが、ジムの経営者が対戦相手に毒入りオレンジを食べさせてまで勝利させようとしていたわけで、それくらい気合の入っていたジムなのである。(真実なら無論違法であるが)いっぽう、風来は無名ジム所属だったので、結果として、いいかませ犬になってしまったのである。日本フライ級チャンピオン穂積秀一に挑戦した試合は、倒し倒されの熱戦で、最終的にはKO負けしてしまったが、のちに世界挑戦をした穂積をけっこう苦しめた試合である。なんというか、露のように消えてしまったボクサーなのであるが、記憶に残る名ボクサーなのである。

タイトルとURLをコピーしました