目標が小さいとすぐに達成し、行き詰まる

多くの人は、現実的な目標を設定しろといい、それを実践している。

比較的簡単に達成できる目標をつくると、達成した後にすぐに行き詰まる。

例えば、東大に入学することを目標にして、その後、つまらない人生を過ごしている

人を何人も知っている。

東大に合格することは、とても難しいことであるが、現役で合格すれば18歳である。

18歳で達成できるような目標というのは、実はとても小さいものなのである。

「東大に入学し、世界一の科学者になる」であるなら、そう簡単には達成しないだろう。

ゆえに、この目標設定は正しいのだ。

物理学であれば、アインシュタインを超える理論を発見するくらいであり、

ノーベル賞は軽く取れるくらいのレベルである。

目標が高すぎると、引き上げる力もすごくなり、大きな成果をあげるものなのである。

でも、問題が一つだけある。

このことを迂闊に他人に話すとバカにされてしまうことである。

親が一番危ないのだ。

バカにされるとやる気がなくなり、かえってマイナスになってしまうわけである。

だから、できるだけ他人には言わないほうがいい。

イチローでさえ、

「僕がメジャーリーグに挑戦するといったら、多くの人が『そんなのできっこない』と

非難した」といっているほどである。

日本プロ野球史上最高の選手でさえそうなのだから、多くの人は注意したほうがいい。

実現できそうもない目標を設定し、それに向かって努力するのが正しい選択肢なのである。

親切心でアドバイスをくれる人は、実は大きな障害物なのだ。

その人が善意であればあるほど、こっちのやる気がなくなるわけである。

私の高校時代の担任の先生は、

「お前が現役で早稲田に受かるわけはない。二浪すれば社会科学部だったら、入れるかも

しれないから、現実をよくみろ」といっていた。彼の言っていることは一般論としては

正しいことだったのかもしれないが、彼のせいかは別にして、私の目標は達成できなかった。

でも、今にして思うのは、もし現実的な目標を設定していたら、それさえも達成できなかった

のは間違いないと思う。

無謀と思える目標を設定し努力をし、結果として私の目標は達成できなかったと

思っていたのであるが、実際には違っていた。

どういうことかというと、私が早稲田大に合格したいと思ったのは、

他人を見返してやりたいと思い、そのために一流大に合格することを目標にしたのである。

私は二流大に入学したが、いろいろあって、その後超一流企業に就職した。

私の本当の目標は早稲田に入ることではなく、他人を見返すことなので、

それは別のかたちで達成されたのである。

その夢がかなっていたことに気づいたのは、だいぶ時間がたってからの話である。

夢は大きいほうがいい。

達成できないくらいでちょうどいいのだ。

50歳くらいで達成できるような夢はやめたほうがいい。

その夢を達成するための具体的な細かい方法は考えないほうがいいのだ。

ほんのちょっとでも、その夢に近づいていることが確実な努力をしているなら、それだけで

十分なのである。

学校の先生や、親は批判するだろう。

なぜなら、彼らはそうやってこなかったから。

だから、たいした人間になっていないのだ。

すごい人間なら、背中を押してくれるはずである。

でもそんな人はほとんどいない。

ゆえに、だまっていたほうがいいのだ。

私の夢は、世界人類すべての人が幸福になることである。

無論そのなかの一人に私自身も含まれているわけである。

ちょっとやそっとでは実現できないだろう。

でもいつかはそうなると信じている。

昔の人が「月にいってみたい」と思っていた夢が、数千年くらいかかって実現したのだから、

そっちよりは簡単な気がする。

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