人間は環境によって変化する生き物である

ナチスドイツの時代、直接か間接を問わずに、ほぼすべてのドイツ国民はユダヤ人虐殺に

協力していたわけである。反対する人も存在していたわけであるが、多くは投獄されたり、

殺されていたわけで、それを避けるためにも多くの人はナチスにしたがっていたわけである。

現在のドイツ人は、いわばEUの経済的な牽引役で、思慮深い国民性とともに、

世界に大きく貢献しているわけである。

同じ人間であっても、環境が変われば人間はどのようにでも変化してしまう好例である。

人間は環境によって、大きく変化する生き物である。

人間以外のすべての生き物も同じ原理で生きているのだ。

他人をけなして、怒っている人のそばにいれば、同じような人間になる。

慈悲深く優しい人にかこまれていれば、同じような人間になる。

あまりにも幼い時に、人間は環境を選ぶことはできないが、

ある程度の年齢になれば、環境を選べるようになるわけである。

自分にとって、いい環境とは何かを考え続け、行動し続けていれば必ず

自分にとって最善の環境にいくことができるわけである。

最初からうまくいくことはない。

でも、なんども繰り返すうちに、必ず自分の望んでいる環境に近くことができるのだ。

それは時代とともに、また様々な要因によって変化するものである。

環境を変えない限り、なにも変化は起きない。

つきあっている人や、住んでいる場所を変えると、様々なことが変わっていく。

もし、それまでより悪くなったとすれば、元に戻るという選択肢だってあるのだ。

それはそれでいいと思う。

でも例えば、北朝鮮から脱北した人で、北朝鮮に戻っていった人がいないように、

よくないと思っていた環境に戻ることはあまりないわけである。

別の何かを探すのが普通だろう。

太っていて、顔に自信のない女の子が、ダイエットと整形手術をして、

アイドル歌手になったとする。

まったく問題ないと思う。

それで自分が納得し、心地よいのであれば、問題ないのだ。

環境を変えるということは、とても重要なことである。

生き物に最終形は存在しない。

環境を変え続けることが正解なのだ。

いい方向に変化するというよりも、変化した結果がいいのか悪いのかという感じのほうが

正解である。

いいとか悪いとかは、主観によってどのようにでも解釈できてしまうので、

意味がないのだ。

それよりは、変化し続けるという選択肢を選ぶほうが、宇宙の原理原則に

そっているわけである。

変化するためには、環境を変えることがもっとも簡単なのである。

かつて、スーパーマーケットにはレジ打ちの達人が存在していた。

目にも止まらぬ速さで、レジをうっていたわけである。

バーコードが発明されて、あの人たちはこの世から消えてしまったわけである。

レジ打ちコンテストで優勝し、日本一になってインタビューに答えていた

女性の顔を私は忘れない。

でもおそらくあの女性は、シレッと別の仕事で楽しく働いているだろう。

環境の変化をうけいれ、それを楽しむくらいでちょうどいいのだ。

アイフォンからアンドロイドに変えるなんてことでもいいと思う。

それでまた、アイフォンに戻るのだってありである。

カレーライスにいれる肉や野菜を炒めないで、いきなり煮てしまったら、

かえっておいしいカレーができたのには驚いた。

超簡単で、とてもおいしかった。

あえて、自分から環境を変えてみるのはとてもいいことである。

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