闘う時

日常の出来事

できる限り、争いはしたくないと思う。

避けれることなら、できるだけ避けるほうがいいと思う。

でも必ず戦わなければいけない瞬間というのは、たまに起きるものである。

闘うべき時に、闘うことができるか否か?

人生はそれがすべてだと思う。

闘う必要がないところで、闘う必要はない。

食い物屋で食べたご飯の炊き方に多少問題があったとしても、文句をいわなくても

いいと思う。

二度と行かなければ済む問題である。

まあケースバイケースであるが、できるだけくだらないパワーは使いたくないものである。

でも会社で理不尽な扱いを受けたとしたら、そのままで受け入れてはいけないのである。

その場で感情的になることが最善の方法ではない場合が多いが、

感情的になったほうがいい場合もあるわけである。

どういう対応をするかを判断し、行動することである。

何に対して闘うかを判断し行動することが、人生で最も大切なことだと思う。

自分の人生を振り返ると、闘うべき時に闘わなかったことへの後悔は、今でもある。

それを無視して、結果として、物事がよくなった経験は皆無なのである。

だから、私は闘うのだ。

そのほうが効率的だからである。

無難な人間だと思われることは、ほぼ無意味である。

人間は3食、食べるだけでは生きることのできない生き物なのだ。

新しいことをやれば、必ず闘いになるわけである。

何気なくテレビをみていると、様々な広告を見ることができる。

それらの企業は競合企業と日々闘っているのだ。

「そっちでなくて、我が社の製品を買ってください」とお願いをしているわけである。

壮絶な闘いである。

負けた企業は市場から淘汰されていくのだ。

戦国時代は殺し合いという闘いをしていたわけであるが、現代で闘いがなくなったわけではない。

むしろ増えているではないだろうか。

闘うべき時に、闘うことこそが、最も大事なことなのだと思う。

 

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