日本史上最も不幸な人は豊臣秀吉

生きる理由

幸福とは、不幸との落差である。

大金持ちに生まれた人に大金をあげてもたいして喜ばないわけである。

金ないとヒーヒーいっている人が宝くじが当たったら、

本当に大喜びをするわけである。

豊臣秀吉は、身分制度の厳しい時代に、農民から日本の頂点まで

上り詰めた偉人である。

この時点では、日本史上最も幸福な人だったのかもしれない。

平民から、日本の支配者になったのだから、その落差は史上最高である。

でも、幸福というものは瞬間的なものではない。

継続しない幸福などは、幸福とはいえないわけである。

その後、豊臣家の一族は皆殺しに合い、令和3年の現在に、豊臣を名乗るものは

誰一人として存在しない。

織田さんや、徳川さんは、たくさんいるにもかかわらずである。

タレントの織田信成や、元NHKアナウンサーの松平定知は、彼らの子孫である。_

色々な解釈があるが、一言で言えば、秀吉の生き方が

世の中の正しい法則とは違っていたから、彼の一族はいなくなったのである。

人間を含めて、生き物が生きる理由は、子孫を残し繁栄することである。

金持ちになろうと、貧乏であろうと関係ないのだ。

生きていることが勝利なのである。

ところが、豊臣さんの一族は誰も生きていない。

大坂冬の陣で皆殺しに合い、1歳の赤ちゃんまで斬首されたわけである。

歴史が彼らの一族を滅亡させるように動いたのである。

つまり彼の人生、生き方はあまりよろしくないものであったと解釈できるのだ。

最大の問題は、自分の主君である織田家を裏切ったことだろう。

農民から大名にまで引き上げてくれた織田信長を裏切ったのだ。

本能寺の変に、秀吉が加担していたのか、そうでないのかは関係ない。

どっちでもいい。

とにかく信長が死んだ後に、信長の遺児たちを蹴落として、

自分が天下をとってしまったのは紛れもない事実である。

そこだけで、判断すればいいのである。

清洲会議で彼が「織田家の正当な跡取りは三法師である」いったように、

信長の孫の三法師をしっかり担いあげているのなら、

忠臣として、一族は現在も栄えていたはずである。

血縁の自分の甥である関白・豊臣秀次を殺したことも道理に反しているのだ。

淀君を妾にしたことも道理に反しているのだ。

秀吉が殺したお市の方の娘を妾にするなんて、

悪趣味にもほどがあるというものだ。

道理に反したことをやると、一時的にはいいかもしれないが、

必ず続かないということを、歴史は教えてくれる。

歴史上、ただ一つの例外もないのである。

豊臣秀吉は農民から、関白になり、そして一族は皆殺しに合い、滅亡した。

避けようとすれば、簡単に避けれたわけである。

道理に反することはいけないことだということを、我々に教えてくれているのだ。

豊臣秀吉はそのために歴史上に必要だったのである。

 

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