流れに従うことの大切さ

突然、違和感のある出来事が起きる。

なんとかそれを、元どおりに戻そうとする。

でも、うまくいかない。

そんなことが、たまにある。

この世のリアリティは、自分のリアリティと、イコールである。

他人がどのように思われるかではなく、

自分がどのように感じるかだけが唯一のリアリティなのだ。

パンクロックの人をみると、多くの人は違和感を感じる。

刺青や、ピアスや、派手な服装などに、自分の日常とは違うものを感じるかれだ。

赤ちゃんの時から、パンクロッカーだった人は少ないだろう。

大人になってから、突然目覚めるのが普通である。

これはわかりやすい例であるが、誰しも、突然、ふと新しい違和感を感じる

ことがあるわけである。

それに従って生きるか否か。

人生はそれで、全てが決定されてしまうのだ。

その違和感を悪いものとして排除して生きる人と、

その違和感に従って生きる人がいる。

腐っているものを口に含むと、すごい違和感があるから、吐き出すのだ。

それを我慢して食えば、腹を壊すわけである。

それが答えだ。

腐った食べ物は、わかりやすいかもしれないが、そうでない場合もあるわけだ。

人間は100人いれば、100通りの人間なのだ。

自分と同じタイプの人間なんてこの世に一人も存在していないのだ。

その自分が感じるリアリティが、唯一の現実なのである。

神様とよばれたマイケルジョーダンが、突然、バスケを引退して野球選手になった。

二年後には、何もなかったかのように、バスケコートに彼は戻ってきた。

彼はそう感じたから、そうしただけだ。

これを彼の黒歴史という人もいるが、私はそうは思わない。

彼は他人のことなど、考えていないのだ。

それも含めて、彼は神なのである。

誰一人として、ジョーダンが史上最高のバスケ選手であることに、疑いを持つ人はいない。

(私の知る限り)

自分が感じたままに生きることは、そんなに易しいことではない。

一方で、人間以外のすべての野生動物はそうして生きているわけである。

人間も動物の一種であるが、人間だけが例外なのだろうか?

答えは、違うである。

人間だけが、為政者という存在があり、彼らが人々をコントロールするために、

動物としての本能を消す方向で社会が進化していったのだ。

それはある種の合理性を持っている場合もあるが、

そうでない場合もある。

それをきちっと判断できる人間は、とても少ないわけである。

ゴミは本当にあんな風に種分けしないといけないのか?

政府のいうように、石油発電は悪で、原発を促進しないといけないのか?

NHKの料金は法律で決まっているからという理由で支払わなければいけないのか?

生活保護をもらって暮らすことは、恥ずかしいことなのか?

自分自身で納得いくまで調べることがとても重要だ。

その上で、自分自身がどのように感じるのか?

その感じたことに対して、素直に従って生きることができるのか?

それが人生なのだ。

トーマスエジソンは、「こんな子供は学校で勉強する資格がない」と

当時の教師にいわれ、学校をやめたという。

その後、彼が発明したものは、我々人類の生き方を大きく変化させるものであった。

彼はたまたま、多くの人が偉業と感じることをやったが、それは結果論だ。

結果的に偉業になるかどうかは、どうでもいいことなのだ。

問題は、自分の感性に従って生きることができるか否かだけなのだ。

ある日突然見えてくるものがある。

目の前にあっても、気づかなかったものにである。

立派だと思っていた人が、単に洗脳されたロボットだったことに

気づいたりもする。

そこで、自分が感じたものに、素直に行動をする。

その人に文句をいうのか、その人に黙って離れていくのか、そのまま付き合うのか、

それを自分で判断するのだ。

なんでもいいのだ。

自分がよいと思ったことが、自分の人生の唯一の真実なのである。

 

タイトルとURLをコピーしました