佐藤勇太のプロフィール

幼少期

1966年生

生家は東京都武蔵野市吉祥寺

2歳で秋田県横手市に引っ越し、父が自民党から衆議院選挙に出馬するために家族で引っ越ししたのである。その後、3歳の時選挙に落選し、東京に戻る。最初の記憶は雪深い秋田県だった。

小学校卒業まで

東京都杉並区浜田山で過ごす。当時の浜田山は駅前に畑が広がっていて開発前で寂れた田舎町のようだった。まもなく住宅の建設ラッシュがはじまり、小学校にあがるころには、駅前に見事な商店街が誕生していて、現在に至る。

腕白な小学生というよりは、問題児だったと思う。

中学校卒業まで

東京都町田市にある私立玉川学園中学部に入学、学校になじめなかったのと、クラスメイトからのいじめにより1年生の9月から不登校になる。学校側の問題もかなりあったと思う。私立だったので、出席日数が足りずに留年し、1年生を2回経験する。結局4年かかって卒業するが、ほぼ不登校状態であった。卒業して付属の高校に希望すれば進学できたのかもしれないが、こんなところからは一日も早く去りたかったので、中学浪人となる。

中学卒業から大学まで

父親から誘いで、静岡県に本部のある新興宗教に入信する。教祖のお告げで、「普通科の高校に進学しろ」といわれ、受験勉強を開始し、翌年の4月に、神奈川県川崎市にある桐光学園高等学校に入学する。当時は創立8年の新設校で、偏差値も低く、比較的簡単に入学できたのである。

高校に通いながら、当初は週末に教団に通う在家信者であったのだが、高校二年の春に、出家し静岡の教団から高校に通うようになる。

教団に出家した最大の理由は、現役で有名大学に入学するためであり、教祖の不思議な力があれば、自分にもできると信じていたからである。ありていにいえば、洗脳されていたのである。

様々な出来事があり、結局現役で早稲田大学に合格することはできなかった。平塚にある東海大学に入学する。少しづつ教団による洗脳が解けはじめ、大学二年の終わりに教団から離脱する。教団に心酔していた父とは決別する。

大学卒業後から現在まで

大学卒業後、大手広告代理店の博報堂に入社し、営業マンとして約6年間働く。父はほどなく、教団をやめ、父子関係は改善する。その後、父の会社に入社する。二年後米国に留学し、MBAを取得する。渡米中にお家騒動があり、父の会社を退社し、ペットショップを起業する。2年間経営をした後に、再びかつて勤めていた博報堂に再入社する。それから十数年博報堂で勤めた後、2018年3月に退社し、

フリーランスとして独立し、現在に至る。

高校三年生と、中学一年生のふたりの息子の父親。妻とは離婚協議中。

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